2012年11月22日木曜日

都会のオアシス藤前干潟 市民の思いが行政を動かす

ラムサール条約をご存じだろうか?
簡単に言うと、水鳥にとって国際的に重要と認められた場所を保全するというもの。
現在、日本にはこのラムサール条約に登録されている湿地が46か所ある(ちなみに全世界では、2046か所を数える)。
この数字を多いと感じるだろうか?それとも少ない?

条約にするためには、国際的に重要であると認められるのはもちろんこと、国内法で一定の保護規制がかかっている必要がある。
そして、この条約に登録するためには地元地元の賛意が必要。
最低でも3つのハードルがある。

渡り鳥はその名の通り、一か所で生涯を過ごすのではなく、繁殖期などに大移動する。
地球上で一番長い距離を移動するといわれているのがキョクアジサシ
北極圏にあるグリーンランドから南極まで移動し、その距離は一年間で8万キロに達するという。
すごい。

たいていの渡り鳥は目的地に到着する前に一休みする。
栄養補給して、目的地までの長旅に備える。
つまり、渡り鳥の目的地だけを保護すればいいわけではなく、羽を休める場所も必要というわけ。
ラムサール条約登録湿地の話をすると、「46か所もあるのか。有難みが薄いな」なんて言われることも…。
でも、少なくないかなって思う。
住む場所と休む場所と繁殖する場所と、まぁ、生きる上ではいろいろ必要なのにもかかわらず、日本では46か所しか保護されていないなんて。
もちろん、別の形で保護されている場所もあるわけだけど…。

2010年から、とある地域のラムサール条約登録について関わってきた。
そのため、他のラムサール条約湿地にも関心を持つようになった。
特に、ラムサール条約の登録湿地となったことで、どのような効果が地元にもたらされるのかについて知りたいと思っている。
そこで、名古屋市にある藤前干潟に行ってきた。

日本で唯一政令指定都市にある藤前干潟
藤前干潟は、日本にある登録湿地の中で唯一政令指定都市にあるめずらしい湿地。
都会の中のオアシスとでも言うべきかな。
今年で登録から10周年を迎えた。

この日は潮の引きが弱く、干潟と水鳥を見ることができなかった。
対岸にはごみ焼却場も見え、本当に登録湿地なのかと思うほどだった。

それでも藤前干潟にある「藤前干潟稲永ビジターセンター」、「名古屋市野鳥観察館」そして少し離れた場所にある「藤前干潟藤前活動センター」に行ってみると、なるほどと思えた。

登録湿地になった背景をビジターセンターの方にお伺いした。
すると、藤前干潟は埋め立て地になろうとしていたこと、それを市民が反対運動を起こして阻止したこと、そこには‟藤前干潟を守る会”の辻さんというリーダーがいたこと。
そのストーリーは感動を覚えるものだった。
市民が立ち上がって、行政の方針を変えることができるのは稀だ。
それを成し遂げた方々の功績はとても大きいと思う。

希少種のミサゴ
野鳥観察館では藤前干潟に来る水鳥について詳しく教えていただいた。
望遠鏡をのぞくと、遠目では分からなかったけれど、そこには多種多様な鳥がいた。
一番驚いたのが、希少種であるミサゴの多さ。
この日は36羽を数えた。すごい!

「以前はちょうど良い大きさの流木があって、ミサゴが鈴なりになっていた。こんなに多くのミサゴが見られるのは藤前干潟だけだと思う」と観察館の方は笑顔で教えてくれた。
誇らしげに地元の自然を語れる姿がとても素敵だった。

ダイシャクシギ 3羽はいつも一緒
見ることができて嬉しかったのは、ダイシャクシギ。
くちばしが折れそうなほど細くて、とっても長い。
今は3羽だけ藤前に来ていて、いつも一緒にいるという。

このほかにもハマシギ、アオサギ、カワウ、スズガモなどがウヨウヨしていた。
でも、望遠鏡をのぞいてみて、初めて分かった。
地域の人たちはどれだけ関心があるのだろうか?
この豊かな藤前干潟を知っているのだろうか?
そこがとっても気になった。

そこで、活動センターにも足を延ばすことにした。

活動センターでも、とっても丁寧に対応して頂いた。
まずは藤前干潟のDVD(約30分)を見せていただき、そのあと館内を案内してもらった。

藤前干潟を守るための運動は、市民生活まで変化させた。
それは、ごみを削減しようという意識の変化だった。
埋め立て地の建設を中止させるために、ごみ減量の運動も同時に行ったという。
行政と市民との話し合いは15年にも及んだ。
名古屋市民は本気で変えようとしたことがうかがえる。

名古屋市のごみの量は激減し、ついに埋め立て計画は廃案となった。
少々余談だけれど、それほど時間をかけ、地元住民との話し合いをもたなければ、大型の公共事業は進めてはいけないのだと思う。
さらに、市民も動かなければ状況は好転しないということが分かる好事例ではないだろうか。

藤前干潟には漁業権がないことにも驚いた。
豊かな海でありながら、漁業権がないのはなぜか。
1959年、伊勢湾台風が名古屋市を直撃した。
この大型台風により、和歌山県、奈良県、三重県、愛知県、岐阜県という広範囲が被災し、犠牲者5,098人(死者4,697人・行方不明者401人)、負傷者38,921人という被害を受けた。
このため、名古屋港の南端に高潮防波堤が建設されることとなり、漁業にも影響が出るということから漁業権は放棄された。

ラムサール条約に登録しようとする時、漁業者から反対にあうことが多い。
新たな規制によって、漁業がやりにくくなるのではないかという懸念からだ。
登録湿地になったからといって新たな規制が生じることは無いのだが、新しいことに対しては不安になるのが当然といえば、そうだろう。
その漁業者が藤前干潟にはいなかった。

今は漁業権がないため、もちろん漁師がいない。
しかし、活動センターでは藤前干潟の漁業についても着目している。
漁業は乱獲にならなければ、陸から海へと流れてきた栄養分で育った豊かな資源を漁獲という方法で陸に上げることで、干潟の栄養バランスを調節する役割を果たすことができる。
栄養がしっかり循環するようになれば、干潟の自然保全にもなり、人も食料を確保できるという両得の関係を築くことができる。
そうやって、昔の日本は海を利用してきた。

現在、漁業権があった時代に藤前干潟で漁師をしていた方が一人だけいらっしゃるという。
ただ、たった一人。
藤前の持続可能な漁業も風前の灯となっている。
なんとか漁業文化を残すため、活動センターでは、最後の漁師の方に話を伺ったり、漁具を集めたりと、奮闘されている。

これからの課題を聞くと、「もっと地元の人たちに藤前干潟に来てもらうこと」と活動センターの方。
藤前干潟には地域外のファンが多いという。
こういった状況は、どの地域にもあり勝ちだ。
足元の魅力には、なぜか気が付かないのが人間の悲しいところ…。

藤前干潟はごみ焼却場の反対運動が起きていたころは、注目されていたというが、現在は関心を持つ人が少なくなってしまったのかもしれない。
名古屋に住む友人も藤前干潟の存在を実は知らなかった…。

埋め立て問題が解決したからといって、課題がなくなったわけではない。
同じごみでも、現在は不法投棄や漂着ごみの問題があるという。
名古屋市民が勝ち取った自然を、もう一度地元の人が関心を持ち、魅力あふれる自然と密着した素敵な名古屋にしてもらいたいと願う。

この日は幸運にも野生のタヌキに出会った。
活動センターの方も初めて見たという。
ぜひ、藤前干潟に足を運んでもらいたい。
もしかしたら、幸運のタヌキに出会えるかもしれない。
幸運のタヌキ☆

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