2012年9月6日木曜日

環境活動家!?

FacebookやTwitterなどを多くの人が使うようになって、あまりお話したことがない人とも気軽に会話ができる時代になった。大事だと思う事や、関心のあることをどんどん発信する場ができたとも言える。
それで、ついつい発信してしまう。生きもの好きなわたしは、生きものにまつわる事、持続可能な社会に関する事を発信したり、考えを述べたりすることが多くなってしまう。このブログもその1つ。

こんなイメージだろうか?これも違うか(笑)
最近、SNS上でしか会話をしたことがない人に直接会う機会が増えている。そして、「こんなに柔らかい感じの人だったんですね!」とか、「バリバリの環境活動家かと思ってました!」と言われる。
活動家・・・。すごい響き(笑)。 いったい、どんなイメージを持たれていたんだ!?
そんな風に自分では全く思ったことがないのでビックリしちゃう。

わたしはただ、変化に富む多様な環境があって、そこに多様な生物が住んでいる状態がいいと思っているだけ。図鑑にも載っていないような、初めてみる生物に遭遇すると心底興奮するし、そういう出会いをずっとしていきたいと思う。

でも、わたしの大好きな生きものの命があまりにも簡単に軽く扱われ、破壊されているからイラッとしている。そのイラッと感が出てしまっているのかもしれない。きっとそんな時のわたしの顔は、写真のお面のような感じだと思う(笑)。

顔がデビルになっても、自分の欲求は曲げないもんね!?(笑)

2012年9月5日水曜日

無知すぎて凹む。

あぁ・・・、もう本当に世間知らず。
こんなひどい事が日本で起きているなんて信じられない。
どこかよその国の出来事のよう。

SLAPP訴訟
国がオスプレイの配備も想定されるヘリパッドの建設反対のために座り込む地元住民(沖縄県高江村)の人たちを「通行妨害」で訴えるなんて。しかも中には子供もいる。

このように、権力を持たない比較弱者に対して企業や政府など、比較優者が恫喝、発言封じ、場合によってはいじめることだけを目的に起こす、加罰的あるいは報復的な訴訟をSLAPP訴訟と呼ぶという。“SLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation)訴訟”という言葉を初めて聞いた。
欧米では、表現の自由を阻害する行為として、法律で禁止している自治体もあるそう。

ベトナム村
ベトナム戦争の時、対ゲリラ戦のための訓練地として沖縄県高江村に米軍がつくったのが「ベトナム村」。高江村の人たちは、南ベトナム(当時)の住民役をさせられたという事実も。


この2つが絡み合っている。琉球朝日放送が制作した「標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち」。理不尽過ぎて、言葉がない。こんな理不尽なことがまかり通る国に住んでいることに恐怖すら覚える。
 ※Youtubeでも見られる。 → http://youtu.be/_Y9jp6XovV0

この特集の中では、オスプレイが低空飛行するために、その風圧で森がダメになるとも指摘している。
ハワイでは、環境への影響を考え、オスプレイの訓練を中止した。
 ※毎日新聞:<オスプレイ>ハワイの訓練を中止 環境への影響を考慮

沖縄のやんばるの森は貴重な動植物が生息している。オスプレイが配備されれば、環境への負荷は大きいと言わざるを得ない。そこには人も住んでいる。

こんなことが起こっていたのに、全然知らなかった自分の無知さ加減に凹む。
かなり重要なことだと思うけど、全国区ではほとんど報道されない。
「ベトナム村」のような歴史だって教えない。

やたらと勘ぐってしまうのはわたしだけなのかしら?

2012年9月2日日曜日

あんぽんたん。

函館に久々の出張。
以前、頻繁に通っていた時はいろんなホテルを試していた。
そのせいで、今回、どこのホテルを予約したか忘れてしまった・・・。
恐らくここだろう・・・、というホテルのフロントへ。
出された紙に名前、住所、電話番号などを書いた。

フロントスタッフの人: ・・・お客様、ご予約されていないようですが・・・
わたし:えっ、予約してませんでした!? 失礼しました!

書いた紙を鷲掴みにして、逃げるようにそのホテルを出る。
思い出せ~、思い出せ~・・・・
前日の行動を振り返り、頭の中でPCの画面を思い浮かべ・・・・
たぶんそうだろうというホテルまで行き、恐る恐る名乗る。

フロントの人:少々お待ちください。
・・・・PCでチェック。
一度間違えているだけに、今までになく待たされている気になる。

フロントの人:本日からご一泊ですね。お待ちしておりました。
わたし:予約してました?
フロントの人: ??はい。

ということは、よくあるお話(笑)。

2012年8月24日金曜日

“持続不可能”の先にあるもの。

世界自然遺産 知床
知らなかった。
世界遺産条約(世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)が採択されて今年で40周年だそう。登録される時はかなり盛り上がるのに、40周年についてはほとんど報道されていない気がする。わたしがニュースをきちんと見ていないからなのだろうか・・・。
世界遺産条約の基本にあるのは、“人間が自然と相互に作用し合う方法に対する認識が深められ、「自然の保全」と「文化財の保存」は両立されるべきである” という考え方なんだって。
【参考】パンフレット(UNESCO) 世界遺産と持続可能な開発:地域社会の役割

この考え方って大切だと思う。
「世界的に残す価値があるから」 というだけでなく、なぜ、残す必要があるのか、なんのための登録なのかも併せて報道してほしいな。

40周年を迎えた今年のテーマは、「世界遺産と持続可能な開発:地域社会の役割」。
ちなみに、ロンドンオリンピックのテーマは、「持続可能性」。
さらに、今年6月には、10年振りに「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」が開催された。

これだけ世界中で“持続可能性 (Sustainability)”という言葉が叫ばれている理由は、現在のわたしたちの暮らしが“持続不可能”だってことなんだな。
持続不可能という言葉の先にあるものはなんだろうか?
恐れずに直接的にいうと、「死」を意味する。
今すぐには死なないけど、近い将来の自分、もしくはそれ以上に自分たちの子孫の命はかなり脅かされていると言っていい。
でも、普段の生活の中では、その切迫感はほとんど感じられない。

じゃあ、どれだけ持続不可能な状態なのか。
人間がどれだけ地球に依存しているかを分かりやすく示す“エコロジカル・フットプリント”という指標がある。日本語に直訳すると、“生態学的足跡”。もう少し分かりやすく言うと、“人間活動が地球環境を踏みつけにした足跡」”。
【参考】エコロジカル・フットプリントで見る、日本がかけている地球への負担(WWF)

要するに、人間一人が暮らすためにどれだけの面積が必要かを示したもので、わたしたち日本人の暮らしには地球2.3個分が必要なんだって。
ちなみに、アメリカは5.1個、インドは0.4個となり、世界平均では1.8個分の地球が必要という計算になるらしい。特に先進国と呼ばれる国が資源を多く利用しているのが分かる。
この状況って、持続可能ではないよね。

世界遺産を増やすのもいい、保護区域を増やすことも必要。
でも、一番必要なのは私たちの生活スタイルを変えることじゃないかな。
地球1個分で暮らせるように、まずは自分の生活スタイルを見直さなければ。
過激な言い方だけども、自分たちの子孫を絶滅に追いやっているという認識を持つべき。
「自分さえ良ければいい」、「今が良ければ後のことは関係ない」なんて、ちょっと悲しいわ。
そんなこと思ってる人も本当は少ないって、まだ信じてる。
今のわたしたちの暮らしは、先進国と途上国の不平等だけでなく、“世代を超えた”不平等を生んでる。

食べ物も国産、地元産を選ぶとか♪
結構、切迫してるんだけど、まずは知ることからでしかない。
そして動いてほしい。世間が動かないくても、自分で変えていけることもあるもの。
それは、窮屈なものではなく、楽しめるものでもある。
考え方次第。視野を広く、楽しめる視点を持って行こう♪
【参考】 診断クイズ わたしの暮らしは、地球何コ分?(NPO法人エコロジカル・フットプリント・ジャパン) 

2012年8月12日日曜日

石巻の新たな顔!?

毎月毎月、なんだかんだと通っている石巻。
行くたびに表情が変わるんだけど、今回は思いっきり変わっていた。
何が変わったって・・・道行く人種?

自分も外から来ている人間であり、人の事は全く言えないんだけど、地元の人ではない30~40代の若い人がやたらと目立った。しかも、おしゃれな雰囲気。

このおしゃれな感じに、失礼ながら「ここは石巻なのか!?」なんて思ってしまう始末。おしゃれ過ぎて気おくれしそうになる。
話かけてみると、某大手IT企業の社員さんだったり、石巻以外から来た人々・・・。





しかもこの時、 ベルギーとフランスから来た若者たちと明治大学(?)の人たちが石巻の都市計画を考えるワークショップを開催していた。

そんなわけで、外国の人もあちらこちらに歩いている。ワークショップを開催している会場は、海外のネットカフェの様相。
もちろん、これまでだって石巻には多くのボランティアさんが入っていて、外国からの支援者もたくさんいた。
でも、これまでとは明らかに違う。


何が違うのか・・・。
きっとそれは、肉体派の支援からまちづくりという支援にシフトしてきてるということなのかもしれない。
特に今は、ISHINOMAKI 2.0 の活動が活発になっている。 滞在期間中は、彼らによる 「STAND UP WEEK 2012」 が開催されていた。石巻の伝統的なお祭りである「川開き祭り」に合せたもので、去年も開催している。
去年の開催時には、「復興バー」というものが誕生したらしい。これまた、しゃれた感じで、多くの若者が集まっている。










最近は、「復興民泊」なんてのも始まった。
震災前から使われていなかった部屋を利用して滞在できるように改築したもの。売り上げの半分は家主に支払われ、義援金として還元される仕組みらしい。


この呉服屋さんの2階が宿泊できるように改築されている。

ものは試しという感じで、女性専用の部屋(2段ベッドが3つある6人部屋)に泊まってみた。だってKさんが泊まってみたいっていうんだもん(笑)。1泊2,000円。全体で利用する共同のシャワールームが1つ設置されている。










空いている棚には、今後漫画がずらっと並ぶとのこと。バックパッカーで海外を回ったことのある人なら分かると思うけど、これまた海外旅行に来た感覚を覚える。

STAND UP WEEK 2012 のテーマは、「みんなを巻き込もう。未来を巻き込もう。」。
若い人がまちを闊歩し、活気ある感じがムンムンした。でも、何か違和感があった。“みんな”って誰なんだろう・・・。


もう1つ大きなうねりが。それが、Yahoo JAPAN!。7月30日にオープンしたばかりの「ヤフー石巻復興ベース」。
こちらもやっぱり30~40代のおしゃれ感満タンの方たち。専従の従業員さんが5人常駐するという。

おしゃれな家具が取り揃えられ、壁は出てきたアイデアをいつでも書き留めつつ話ができるようにと、全面ホワイトボードのようになっている。
さらに、いつでも動画配信できる仕組みになっていて、飲み会の席が急に配信されるという驚きの展開も。

 なんでしょうか、歳を取ったせいか、はたまた都会なれしていなせいなのでしょうか、この展開に着いて行けないわたし・・・。

誰でもこのスペースを使えるらしい。実際お弁当をここで食べさせてもらった(笑)。


でも、地域の人がいない。
こちらのスタッフの方々は、「骨を埋める気で石巻に住民表も移しました。これからどんどん新しい事を石巻のためにやっていきます!」と意気込んでいた。

きっとこれからなんだろう。
限られた若い人だけでなく、地域のおじいちゃん、おばあちゃん、こどもたちも憩える場になればいいな~。そして、ヤフーの力で石巻の活性化を図ってほしいと思うのでした。

2012年8月5日日曜日

一味違った 気仙沼・本吉での滞在。

ここ数ヶ月、帰りはフェリー。
フェリーから見る仙台港の夕焼け
これが結構快適なんだな~♪
しかも、仙台から苫小牧までの約15時間、ちょうどいい振り返り時間になってる。

まずは気仙沼・本吉町。最後に行ったのは3月だったかな?気づけば5カ月近くも行ってなかったのね~。
毎回お世話になるのはNPO法人アプカスさんの拠点なのです。活動内容がどんどん発展していて、頭が下がる思いでございます。
そんなわけで、多くの人が訪れる拠点となっているわけですが、こう見えて(?)大勢が苦手で人見知りするわたしは、人がいない時だけお邪魔することにしているのです。

4人で晩御飯 トビウオ~♪
拠点に常駐している可愛い後輩ちゃんと向き合って話をしたいというのも少人数の時を見計らってお邪魔する理由の1つ。完全自己満だな(笑)。毎回遅くまでごめんよ~

いつもは夜に行って、朝帰るという日程で行くことが多いんだけど、今回はなんと2泊して、さらに作業をしたのです!
何度も行きながら、初めての肉体労働(笑)
なんか、すいません。
<(_ _)>

土をまぜまぜ、土嚢に詰めるという作業を炎天下で。
何をしたかと言いますと、仮設住宅の屋根を緑化して少しでも室内の温度を下げるというプロジェクトのお手伝いとして、屋根に植物を植えるための土づくりをしたのです。詳しくは、アプカスさんのWEBサイトを見てくださいね~。

最近めっきり体力づくりを怠っているわたしとしては、実は結構大変だった。
やっぱし、走らないとダメだな~って痛感。土づくりから3日間くらい筋肉痛で笑えた (^o^;)
ただ、翌日に筋肉痛がきてくれて、ちょっと安心した面も。まだ筋肉の反応はそこまで鈍っていないようで(笑)。

交流会の様子
現地に支援に入っているボランティア団体で構成される“本吉ボランティア連絡会”が主催した仮設住宅の親睦会の方々との交流会にも参加。いろいろと考えさせられることがあったな~。
「震災当初よりも行政に関する情報が届きにくくなった」、「ボランティアさんたちへの頼り方が分からない」、「支援物資は最初からあまり貰わず自分たちで頑張っている」、「この先のことを考えると少しでもお金を節約したい。日常的に消耗するものは支援してほしい」などの声が挙がってました。


あとは、拠点の床拭きして~、窓拭いて~、布団干して~、しゃべりまくって~。
役立ったか全く分かりませんが、一味違った滞在となったのでした。


2012年8月3日金曜日

一時保養のお手伝い。山形へ。

昨日から山形に。
今年6月に初めて足を踏み入れ、今回で2回目。
「名は体を表す」という言葉どおり、山形は山に囲まれている。
わたしの中にある “日本の夏” というイメージどおりで懐かしさがこみ上げてくる。

なんで山形?
福島のご家族を山形の小国という場所で一時保養してもらうお手伝いに来ているのです。
今日から6家族のみなさんがゆっくり楽しめるように。